道の駅で『自然薯』のデカいのを買いホテルにつく。。ホテルの従業員はネパールの女性。この芋を見て『故郷にあるのです』と、日本語で声をかけてくれた。プライベートの話はよくないのかもしれないが、よほど感動したのでしょう。ハート形の葉っぱで、ツルがまくんですよというと、同じですとのこと。ゴボウのような長いのもありますとのことで、よく似た気候。ただ、エベレスト山があるので日本に梅雨があるんですか聞いてみたかった。唯一の心残…
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ブログ : 2019年12月
首里城再建できれば再訪問したいな
気温23度の沖縄から2度の徳島帰着。少額ですが首里城再建への募金をすることができました。那覇の都心でも『緑の柵』があり、有刺鉄線が張り巡っています。辺野古が完成すればこれはなくなると、宣伝しているとのことでした。県民投票の結果を見れば、このようなデマが流れるのは如何と思いますが、沖縄が後戻りしない闘いは私たちも主人公の一人と考えることが大切と思います。写真は、平和記念公園での一コマ。
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首里城と那覇を結ぶ石畳
平和記念公園へ
平和記念公園では、とにかく『徳島県の石碑』を探すことから始まりました。南の海への崖まで進んだ時、案内人は『この付近からはたくさんの投身自殺があった』と、終戦間際の光景を話してくれました。万座毛付近でたくさんいたのかと根拠もなく考えていました。説明の途中で『家族全員殺された』というので、『それって何故、全員』ときくと、『沖縄への上陸は沖縄の真ん中で、そこから北への攻撃はされなかったので、北に逃げた人は助かり南に逃げ…
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唐辛子の木を発見
観光にと、玉泉洞(現在ではおきなわワールドという観光地)に回ってくれました。出口で、『唐辛子の木』を発見。帰路空港への移動中、この話をすると道の駅に立ち寄ること3回。3回目でやっと『観賞用ですね』との説明にたどり着いた。入荷していないという駅もあれば、知らないという駅もあり。なんとか断念しての帰路となりました。
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玉泉洞での写していただいた一枚
玉泉洞についたのは、最終日の朝いちばん。ホテルの出発を速めて、入城開始に合わせて8時30分に出発。私らより早く到着していた8人ほどの団体と、写真を写しあうことになり写していただいた一コマ。ことらがお礼に写した時『それでは、行きます。4,2、ガチャ』と。これが意外と受けてくれて、『ありがとう、楽しみな写真となっていることでしょう』と、喜んでくれましたが、結果は?です。
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古宇利島へ
古宇利大橋を(写真)わたり、島に行くと道の駅があり、そこで黒糖を販売している青年との会話。『この黒糖は純度が高く、コーヒーにも最適です』とのことで、お土産に。一袋500円なり。爽やかそのものの好青年との出会いでした。
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今帰仁城を訪問
『サトウキビをプレスして汁を絞っている光景があるお城』というと、案内されたのがここです。出口ではなるほど、いまだに機械と絞ったカスのサトウキビがありました。このお城と首里城の違いは『石の積み方』かな。また、城跡へ進んでいく石段が、実は本来通っている石段ではなく、隣にあるごつごつした石の道が本当の入城への石段だと。帰路はそちらを歩きましたが、チョット危険かも。寒緋さくら(かんひ)を紹介してくれました。花弁が散るので…
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21日は水族館から
最初に水族館に行くことになりました。(そもそも、毎度のことながら目的地は数か所決めているだけで、他は行き当たりばったり)そこで、案内をしていただいている方と二人で写真を写しましたので、紹介がてら一コマ。
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ホテルでの一コマ
天候もよくなく、時間も遅くのホテル到着でした。記念にと写真を撮ることに。交代で写そうとするとホテルの男性職員が『お二人のところを写しましょうか』と、声をかけてくれました。『不仲なので結構です』と、冗談を言うと、即座に『だからいいのですよ』といってくれました。その写真です。
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