私の市議会議員選挙の総括は、いずれ重ねていきます。学んだことを掲載しておきたいです。8年前の選挙、4年前は無投票でしたので8年前と比較することになります。おおよその議員は獲得票が減少。増えたのは二人です。6名は、初めての選挙(新人も含めて)14名が、8年前の投票との比較です。有権者も投票率も下がった中で、獲得票数が増えたのは、まさに偉業なのかもしれません。自分のことなので、調子になる気でもないのですが、大幅に増やした事実は評価に値しそうです。原因は、ただただ市の正常な発展に寄与したことが結果として現れたという以外にありません。市民の要望に向き合うことで人気は上がりますが、本来の重要任務は、財政を監視することです。ひつこく決算にかかわっていくスタイルがよかったのでしょう。9月議会の私の会報は、決算の数字の表です。
後援会活動や選挙戦で学んだこと。後援会活動では、いただくはがきにメモをいただいた件数が半端ではありませんでした。私の健康を案じてくれる、無理しないでなどもありましたが、『吉野川市のことをよろしくお願いします』という、趣旨の記載が多かったです。市議会議員の任務がそこにはありました。また、山川町のエリアをべたに歩いたのですが、『市議会議員の阿佐です』で、挨拶すると、玄関に出てこれない軒は、無いとは言いませんが、それに近い出来事でした。最初は喜んでいましたが、市議会議員の任務の重さを思い知らされた出来事でした。選挙戦では高齢の方が小さく手を振ってくれたので、歩み寄ると『よろしくお願いします』と、言われました。車に戻り、涙が出るほど重責を感じました。選挙戦の最終日、後援会の作業場を回り、何か挨拶をすべきと、スポットでの街宣をしました。この場所は、田舎で畑仕事の皆様の移動が多いところ。この場所にエリア以外の車が出入りしたので、ご迷惑をかけたこと、不審に感じたかもしれないことなどをお知らせしました。そして、吉野川市内外から、私の市政に対して賛同していただける皆様がボランティアで通ってくれましたと報告しました。
こんなことを振り返ってみると、有権者の投票判断には、市の将来に期待するかどうかという判断基準があるのではないか。そうでないと、私の得票数だけ異常ではないのか。そんなことも考えさせられます。是非、ブログをご一読いただいた皆様の感想を聞きたいところです。

コメント
0 件