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被災地の復興の今

被災地の復興の今

18日より21日、個人ではありますが、3名で徳島から一路福島を訪問。初日の金曜日、松茂の空港集合。なんと、乗るはずの飛行機着陸せずに、引き返してしまった。

館内放送で、一応知らされていたことではあるが、まさかの現実。

一応、フロントで万一の時のやるべき手続きを聞いていたので、11時45分の次便に変更してもらい、更に待機。

高速バスも一考かと考えて、車一台は空港におき、もう一台で高速バスへの移動を相談。しかし、またもや放送で、『新神戸いきのバスを手配します』とのこと。4~5台のバスが少し離れたと心に待機している。『赤い切符をお取りください。早めの乗車お願いします、満車になれば出発します』などの放送。一方別の航空会社では着陸できたのか、搭乗が始まっていた。

結果、少し遅れながらもなんとか次便に搭乗することができた。

機内で、新幹線の静岡付近でトラブルがあったことを知らされる。

更に、秋田は観測史上最大の大雨と知らされる。

私たちと別のグループは日曜日の福島会議に前泊で秋田を回ると聞かされていたから、お気の毒としか言いようがない。自然相手だから仕方のない出来事。

東京駅に着き、八重洲口からバス乗ろうと向かう途中、『いわき行きの電車、14時53分』これ乗ろうと言い出す同行者。既に時計は55分。『あかんやろ』『だめなら書かんやろ』『とりあえずホーム上がろ』で、とりあえず。すると5分遅れの電車入線。乗ったものの、自由席が見当たらない。車掌が来るの待とう。

全席指定の特急電車。

いわき駅に着くと『ホテル東横がない』『ホンマに予約したんか』冷たい目線に急ぎ電話を入れる。駅前にあるというが駅前付近の看板にも、東横の看板もない。

電話口で、道を言ってくれるが建物はなく『〇〇インは見える』というと、そこのはす向かいとのこと。一人が看板を見つけてくれてやれやれ。

翌日早朝、ひとまず水族館で時間調整と向かう。そこは異様な雰囲気で、SPまがいの目つきのするどい人、人、人。

館内を回っていると、庭先に50食くらいの料理が並べられていて、お日さんに照らされていた。

出口で、誰か要人でも来るのですかと聞くと『〇〇あきえさん入館中です』とのこと。メンバーが口々に 「忖度セナあきませんな」などと、流行語を連発していた。

お昼には勉強会会場に。

夕方まで講習と質疑(後に掲載します)

夕食と交流一杯会。

翌日午前は『座学』といっても、11時からは被災現地へバス移動(後に掲載)

17時前にはバス帰着、夕食、一杯会。

本日は、現地の参加者の送迎で、いわき駅に移動。

好天に恵まれた勉強ができました。

被災地移動の一つに、『現職現場死亡』の方の『慰霊碑』訪問。御影石一つですがの献花。ご両親とご兄弟か?お待ちいただき、当時のお話を聞く。『職場放棄し避難を選択』の上司命令を期待したが、連絡が取れず、当の上司は安全地帯にいたと聞く。勿論現在もご健在とか。

まじめな労働者が被害に合い、盗人猛々しい東電はのうのうと再稼働を目指すと、福島の8割が言うと。知らされた。2割は東電関係者の皆様と、交付金目当ての方々だとか。

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